オフロードバイク+++上上

地震について

かすにんです。

3月11日に発生した地震を受けて、私の状況をまとめました。

 

 

3月11日(金) 会社のオフィスにて地震をうけた。

 近年立てられた私のオフィスの耐震は震度7以上。かなり揺れるが内部は平気であった。

 平常時との違いはエレベータが止まった程度だったので

 ニュースで流れた震度を聞いて驚いていた。

 そんな状況であったので、大きい地震が2度発生した後も業務は続行された。

 仙台にもオフィスがあるので、外線および専用内線で呼びかけたが返答は無く

 TVから流れる津波の影像から、大変そうだと感じた。

 

 そんな中

 オフィスの中でも海側に面している場所で働いているチームメイトから連絡があり

 テレコムセンターが燃えていると言われた

 「ばかな」と思ったが、

 オフィスの窓から遠くに見える様子では、確かに炎が上がっているのが見え、

 私のオフィスは強固だから大丈夫・・・という思いも、この時に消えた。

 (後日、隣のビルであったことが判明

 

 その後も、TVニュースからはJFE千葉で日が出ていることが報じられ

 実際に炎が見えてざわめきだすオフィスの中で

 DSC_0656.jpg

 同時に起こった地震なのに近づいてきたと感じた。

 現実の認識が進むにつれ

 自分の気持ちが、安心から不安、不安から恐怖に変わってゆく。

 

 

 

 

「一般電話(公衆回線)はもうだめだ---」

都内からの電話は輻輳しており、

被災地はもちろん市内・市外・県間通話も使えない状況となった。

よって、専用内線やスクランブル回線、衛星電話を駆使して支社との連絡を取ろうとするが

相手側が出ない(出れないのか?)ために、以前状況はつかめなかった。

 

 

 

しばらくの間、電話で東北支社を呼びかけ続けていると

他チームの職員がオフィスに駆け込んできて、最新情報を大声で伝えた。

 

内容は、

  インターネット経由で職員の無事が確認されたこと

そして、

  過去に無い規模の被害状況を告げるものであること

最後に、

  まだ判明していない部分があり、それは「被害の拡大」という結果にしか繋がらない

 

ということだった。

 

 

これをうけた上層部の判断は早く

オフィスは新たな対策へと動き出したが、

あまりの事に動き出せない社員もいた。

 

会社組織よりも強固なつながり「社員とその家族」が脅かされていて

個人個人が、人として何を大切にどのような判断をするのか

選択を迫られているのだと感じた。

 

 

その時の私は

地震発生から数時間たっても、ちらちらと燃えている千葉方面を見て

実家の状況が気になっていましたが

漠然とした「大丈夫」のイメージが湧き出て、冷静でした。

 DSC_0658.jpg

きっと、震災の中にいたっては

常に最悪の状況を想定して活動しなければいけないのでしょうが

私と言う人間は

自分自身のことを考えない事によって、自身を保つ・・・

大切なものから目をそらすことで平常心を保つタイプなのだと今になって思います。

 

 

 

手元にそろう各通信キャリアからの被害状況報告を見ながら

先ずは被災地との連絡手段の回復方法を考えますが

過去に経験したことのない状況に、検討に時間がかかる上に

他の優先事項が思わぬ方向から発生して、幾度と無く計画修正を迫られる。

一つとして成果が上がらないために

全く進んだ気になりません。

まるで溺れているような状況。

 

そんな中

女子社員を中心とした「職員を労わる暖かい支援」が

オフィスに新鮮な空気を運んできてくれて、前向きになれた。

些細なことでも

自分を気遣ってくれる一言で

数時間つづく激務を忘れさせてくれました。

私ですらコレですから 被災地の皆様に至っては---言葉も出ません。

 

 

週末に緊急対応をするべく組織されたメンバーと調整が完了したのが土曜日の朝

記憶があいまいですが、7時過ぎだったかと。

仕事から離れられる・・・という気持ちと共に、離れてよいのか判らない申し訳なさと

これから実家と向き合うしんどさ。

 

駅のホームまで歩くと、足や腰がズシンと重い。

体のそこから疲れが出てきた感じで、早急な帰宅と、睡眠を欲したが

都内の交通網は乱れており、電車は回復していない。

 

時間を見つけて自宅に電話をするが不通。

しかし、ネットは繋がるようだった。

他のメンバーが気になって、TおやじさんのWEBサイトを見ていると

バイクで家族を迎えに行ったと書いてある。

都内の交通状況を見るに、自転車・バイクでの移動は正解だろう。

 

物凄い渋滞を続ける道路を見ると、

都内にツーリングに来ている自転車(ロードバイク)乗りが多数見受けられた。

彼らは観光に来ているようだった。

他の人との違いははっきりと判る。

外見(ロードフル装備)

挙動(たむろって笑い話)

怒りがフツフツとこみ上げた。

 

途中で、歩きつかれて公園で休んだ。

バイク便の人が休憩していたので、この先の状況を聞いたら

東京を中心に、埼玉、千葉方面に抜ける道は永遠と渋滞だと聞いた。

横からタクシーの運転手も話しに加わってきて

1km1時間のペースだといっていた。地獄だ。

 

結局、会社から4時間ほどの徒歩で移動した。

その後、縮退しながらも部分復旧した電車を乗り継ぎ3時間。

家に着いたのは午後3時を回っていた。

 DSC_0659.jpg
 <歩くほうが早い>

 

帰宅すると家は荒れていて、すぐに睡眠・・・とは行かなかった。

整頓された棚など無く、PCも机から落ちていた。

32インチの液晶TVは「念のため」につけた耐震ロープが効果を発揮し

震災前と全く同じ状況を保っていた。

 

自宅で被災した父母に聞くと、震度5程度の地震が2度きたようだった。

地震が来たときには、家の中に居ることも出来ず庭に出たと言っていた。なるほど、

確かに庭に出れば「家が崩れる」事があっても大丈夫だな。と感心しつつ

そのような事を想定しなければならない事態に居ることを怖くも感じた。

 

私の家の隣には、私の家と同じ時期に立てられた家が

今はやりのリフォームを施され、若干若い? 夫婦が住んでいる。

ペンキが塗りなおされ、内装が新しくなっているであろう隣の家は

受けるイメージが新しい家と変わらないかも知れないが、中身は古い。

彼らも私たちと同じような、覚悟をし無ければならないと思う。

 

中古住宅は価値住宅

確かに、価格が安く低所得層に家を持たせることが出来る意味ではニーズを達成している。

だが果たして、このリスクを許容していたのか。気になった。

1000万円の値札をつけていた隣の家は、オコしたバイクに乗るライダーをイメージさせた。

いつ焼きついても文句なしのプレミア価格。

イオン無く絶好調と書かれるだろう。

 

とてつもない眠さは、シャワーを浴びて制御。

車にガソリン携帯缶を積み込み、スタンドに給油に行った。

家にある車(3台)と、バイク(2台)も給油した。

 

車の中からWRを降ろし、バイク整備用の道具を下ろし、毛布や寝袋。

非常用防災グッツと少々の食料を積んだ。発電機、ガソリン携帯缶も。

これらの準備は、再び発生するかもしれない「もしも・・・」を防ぐためだ。

3台ある車のうち、2台はトランポ(正確には、元トランポ)だから気兼ねなく出来るのが良い。

防災グッツをふんだんに積んだトランポは4kmはなれた自分の駐車場にとめた。

この駐車場の周りには建設物が無く、万が一地震が発生しても何の影響も無い場所だからだ。

 

家に帰ると夕暮れになっていて、ご飯を食べて、風呂に入って寝た。

同じく地震を受けた、秋田のtocciとPCで話した。無事でよかった。

先週ヤフオクに出品していたのだが、質問のメールが来ていたので返答を書いた。

 

 

と、10分後ぐらいに返信が。

質問に答えないでください。と、怒られた。

私はめまいを覚え、寝ることにした。

 無題.jpg

 

 

・3月13日

 早く寝ると、早く起きる。それは非常事態であっても同じだった。

 4時10分程度に目が覚めた私は、二度寝をしなかった。

 余震が来るかも・・・と思うと、寝たくない。睡眠をリスクと感じる。

 

 朝食をとってニュースをみたあと、手持ち無沙汰になった。

 あたりが明るくなる前に、昨日庭に出したバイクを整備することにした。

 トランポを駐車場に置いてきたので、もしもの足はコイツにしたかった、

     DSC_0660.jpg

 「そういえばフルエキが手に入ったんだな・・・」

 今日ほど気の乗らないバージョンアップの日は無いだろう。

 

 

 作業手順は簡単、

 シートを外し、エアクリーナーボックスのふたをクイックファスナーと交換。

 そのままマフラーを外す。

   DSC_0661.jpgDSC_0662.jpg

 

逆輸入車のWRに社外のマフラーをつけるには、

エキパイについている排気温センサーをはずす。外すだけでOK。

   DSC_0663.jpg
  <今思い返すと、外したセンサーに防水加工してないなぁ。あとでやろう>

 

あとはエキパイをつけるだけだ。

デルタのバレル4サイレンサーとエキパイを装着するのだが

接続部分のガスケットはDR-Z400SM純正と同じものとなる。

もし買う人が居たら、覚えておくと良い。

 

ガンプラぐらい素直に、取り外し~取り付けるだけの作業だったので

ついでにAISキャンセルも実施したが、2~3h程度で作業は完了した。

 

朝11時ごろにはモトクロスタイヤも届いた。

これは驚きだった。

もっと大切な荷物があるだろうに・・・うれしいが、うれしさが浅い。

   DSC_0664.jpg
 <ジオマックスのミディアムFR 80/100-21 110/100-18>

 

ミラーをつけて、タイヤに空気を入れて

・・・モトクロスタイヤには暫く履き替えられそうに無いので倉庫へGO。

ここでAM終了。 

 

バイクの整備もここまでとして、昼飯を食べたあと、非常食の買出しに行った。

ガソリンスタンドは長蛇の列。または、ガソリンが無くなり無人となっていた。

そして大型スーパーは軒並み満車。

人が食料や燃料にかかわる場所に集中しているようだった。

 

動き出しが遅い私たちであったあ、

食料品の他にもドックフードや犬のトイレ用グッツ、そして水を購入することが出来た。

皆、危機感が無いのか。

ウチが、過剰反応なのか。

皆、準備など既にあったのか。

ウチが、何も準備していなさすぎるのか。

それは判らないが、この辺が分岐点になるのだと思う。そして私には選べる余裕があった。

コンビニ弁当やちょっとしたインスタント食料品は既になくなっていたが

カロリーメイトやコーンフレーク、

出前一丁のような道具を必要とするインスタント食料品は残っていた。

 

この傾向・・・短期決戦になると思っているのか?

月曜日になればライフラインが復活するからか?

それらがなくなることを想定するのが予備じゃないか?

もしもに備える分岐点は多い。

 

 

ウチは断水していたので水は貯めて使っていたが、午後になって回復した。

空になったペットボトルに水を入れてトランポに6リットル入れておいたが

残った水も家にある車(2台)にも積んでおくことにした。

 

明日の出社後、被災地に対して何が出来るか。

今から考えている。

 

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